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久留米高専学生が、久留米城の復元PR動画を制作

久留米高専学生が、久留米城の復元PR動画を制作

久留米工業高等専門学校では、久留米市からの依頼を受け、有馬氏久留米入城400年を記念し、久留米城の昔の写真や図面のほか、復元CG画像を用いた、市民向けの久留米城復元PR動画制作に取り組み、完成した動画が久留米市のホームページにて公開されたと発表しました。

動画制作チーム集合写真:左から石橋さん、木寺さん、福元さん、永利さん、藤本さん

久留米高専学生が、久留米城の復元PR動画を制作

PR動画制作の背景

福岡県久留米市は、江戸時代、久留米藩21万石の城下町として栄えました。その繁栄の基礎となったのは、今から約400年前の1621年に久留米城に入城し、久留米を治めた有馬豊氏を祖とする有馬家による統治でした。

久留米城は、有馬氏の居城として幾度かの改修を経て、その威厳ある姿を幕末まで留めていました。しかし、明治維新後、新政府により城の売却が決定され、1875年には建物は解体され石垣のみとなり、その城跡には豊氏ら5人の歴代藩主を祀った篠山神社が建立され現在に至っています。

​現在、篠山神社が鎮座する久留米城本丸は、精緻な石垣と堀の一部が残るのみで、本丸御殿や、天守としての 役割を果たした巽櫓(やぐら)などの2層3層の櫓とそれらをつなぐ2層の回廊・多聞櫓などに代表されるような、一般的な城のイメージは想起しにくいものとなっています。

また、久留米城についての資料は、明治期に撮られた1枚と、久留米城模型、俯瞰図等、わずか数点が残されているのみで、その全貌を伺い知ることは極めて困難な状況となっています。

令和3年、有馬氏が久留米入城400年を迎えたことを記念して様々な関連行事が開催され、その一環として、久留米市では久留米城をCGにより復元することを計画し、その制作を市内の大学に依頼、令和4年9月に完成しました。

そして今回、久留米市から依頼を受け、同校が昔の写真や図面のほか、久留米城を復元した3Dモデルを活用し、広く市民に久留米城の姿を知ってもらうためのPR動画の制作を行いました。


▶ 久留米入城400年関連情報|久留米市

上記内容は、2023年1月16日(月)時点での情報です。

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