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博多旧市街ライトアップウォーク2022「千年煌夜(せんねんこうや)」3年ぶりの開催へ

3年ぶりの博多の秋の風物詩が帰ってきた
博多旧市街ライトアップウォーク千年煌夜2022年11月3日(木・祝)~11月5日(土)17:30~21:00(入場は20:45まで)「博多旧市街ライトアップウォーク2022 千年煌夜(せんねんこうや)」が3年ぶりに開催されます。※雨天決行。

博多ライトアップウォークは、寺社の建物や庭園をライトアップすることで歴史的な景観により親しんでいただきたいという思いから2006年にスタートしました。昼間とは違う博多の魅力を体験できる特別なイベントです。

2022年ライティングテーマ「MOON」(月)。月にまつわる情景をモチーフに、幻想的な空間を演出します。博多の歴史を語り継ぐ寺社と美しい光が醸し出す厳かな静寂の中、日ごろの忙しさから解放されるような心静かなひと時をお過ごしください。

有料会場
萬松山 承天寺<方丈・開山堂>(博多区博多駅前1-29-9)
南岳山 東長寺(博多区御供所町2-4)
瑞松山 円覚寺(博多区御供所町13-11)
西昌山 本岳寺(博多区上呉服町14-21)
光明山 善導寺(博多区中呉服町6-24)
松林山 妙典寺(博多区中呉服町9-12)
潮音山 海元寺(博多区中呉服町10-5)

無料会場
萬松山 承天寺<仏殿>(博多区博多駅前1-29-9)
一行寺(福岡市博多区中呉服町9-23)
承天寺通り 博多千年門 (博多区博多駅前1-29-9)

萬松山 承天寺 
臨済宗東福寺派。承天寺は仁治3年(1242)に創建。源頼朝によって鎮西奉行に任じられた大宰小弐武藤資頼が寺地を喜捨し、博多に居住して対外貿易に活躍した宋人貿易商の謝国明が大檀越(施主)となり、宋に6年間留学していた円爾(聖一国師)が帰朝後に開山しました。勅許により官寺とされ、西海の巨刹として栄え、盛時には塔頭四十三寺を有したと伝えられています。聖一国師は宋から「うどん」「そば」「饅頭」などの製法を持ち帰り、粉食文化を広めたことでも知られ、さらに780年以上前に始まった博多祇園山笠の起源にも深い関わりがあります。

南岳山 東長寺
東長寺は真言宗九州教団の本山。真言宗の開祖である弘法大師は大同元年(806)、唐での修行を終え博多に帰着後、海辺の地に一伽藍を建立、真言密教が東方へ広がることを祈願したと伝えられます。弘法大師創建としては日本最古の寺院で、本堂には、弘法大師自作と伝えられる弘法大師像、不道明王立像、平安時代に制作された木造千手観世音菩薩立像(重要文化財)の三体が据えられています。大仏殿には日本最大級の木造座像「福岡大仏」が鎮座し、多くの人が拝観に訪れます。 瑞松山 円覚寺
臨済宗妙心寺派。円覚寺は、寛元4年(1246)に宋より渡来した高僧、大覚禅師(蘭渓道隆)により開山されました。はじめ、現在の祇園町(当時の矢倉門)にありましたが、天正14年(1586)に焼失してしまいます。その後、寛永13年(1636)に聖福寺の境内に基礎を移転し、聖福寺の塔頭寺院となりました。円覚寺には福岡藩士立花実山直筆の「南方録」が伝承されており、茶と禅の道場として知られています。郷土に伝わる茶道南方流をより多くの方々に知っていただけるよう指導が行われています。西昌山 本岳寺
開創以前の本岳寺は、祇園町(当時の矢倉門)にあり、聖福寺の末寺に属する禅宗の「本覚寺」というお寺で、「西昌」という僧が住持していました。この西昌はとても囲碁が強いと評判で、明応5年(1496)8月、京都より法華宗の日因上人が博多に赴き、直談の上、お寺を賭けての碁を囲む事になりました。これに日因上人が勝利を収めたため、西昌は約束通りお寺を譲ったのです。日因上人はお寺を日蓮宗に改宗、山号を先住の名をとって「西昌山」、本覚寺から「本岳寺」に変えたと伝えられています。本堂は大正年間(1912?1926)に最上稲荷堂とあわせて建立されました。 光明山 善導寺
浄土宗鎮西派の善導寺は、浄土宗の祖である法然上人の跡を継いだ鎮西聖光上人によって建暦年間(1211?1213)に建立されました。善導寺縁起によると、聖光上人が豊前彦山で念仏勧行中、唐僧で中国浄土門の開祖である善導大師が博多へ着く夢をみます。しかも英彦山座主の蔵慶にも同じ夢告のあったことから二人で博多津へと急ぎ、やがて松原樹下に善導大師像を見出しました。この善導大師像をお祀りするために善導寺は創建されたということです。創建当初は「善導寺」という名ではなく、聖光上人による百日間の説法が行われたことから「博多談義所」と呼ばれました。 松林山 妙典寺
妙典寺は永徳元年(1381)に筑後柳川で本成院日円上人によって創立されたとされ、当初は円理院と称したようです。日蓮宗の立教開宗350年にあたる慶長8年(1603)、第18世、戒光院日秀上人の代に地元有力者であった立花宗茂の家臣、薦野増時が現地に移し、博多における法華経の道場として、また薦野家の菩提寺として再出発を図ることになりました。現在の本堂と山門は天明5年(1785)、第32世、本妙院日定上人の代に再建されたもので、1945年の福岡大空襲からも焼失を逃れ、往時の姿を留めています。 潮音山 海元寺
海元寺は浄土宗鎮西派に属し、応永3年(1396)大蓮社岌山上人によって開山されました。黒田長政公の入国時、現在の博多区千代町辺りから現在地に移されました。境内には閻魔堂と観音堂があり、平成28年6月に建て替えられました。閻魔堂には、槍持ちの源七が京都から首を持ち帰ったといわれる閻魔像が祀られ、観音堂には中呉服町の住人で、観音菩薩を深く信仰していた弥三次の発願によって作られたという「西国三十三所観世音菩薩」が祀られています。毎年8月16日と1月16日には「えんま祭り」を開催しています。 三笑山 一行寺
文安元年(1444年)に博多辻の堂(今の博多駅前1丁目)に開山。その後、寛永年間1624-1644に福岡藩 より現在地を賜り移転。 上の移転前の地とは現在の若八幡宮の場所である。 一行寺の山門前は旧唐津街道で、すぐ東側の石堂橋は博多の町の玄関口であった。当時の門前は博多の町への出入りの人々でにぎわったようである。『筑前國続風土記拾遺』によれば開山僧は照阿上人。 彼は糟屋郡志免町の西福寺も開山している。 一行寺本堂には、明治の神仏分離以前に若八幡宮の本地仏であった阿弥陀如来像が安置されている。 九州俳壇の重鎮であった河野静雲(福岡市東区和白丘の円相寺に静雲の句碑があり)は、 当寺の生まれ。作家夢野久作(代表作:九州帝大医学部を主要な舞台とする「ドグラ・マグラ」)や その父であり玄洋社と深く関わった政財界の怪人杉山茂丸の墓もある。 承天寺通り 博多千年門
博多千年門は、博多を訪れたお客様を歴史的文化財が多く残る博多の寺社町エリアへと導くウェルカムゲートです。博多のこれまでの千年の重みとこれからの千年の繁栄を願い、「博多千年門」と名付けられました。地域住民、地元企業、行政が一体となって建設に取り組み、平成26年3月に完成しました。

<入場料>
※中学生以下無料(要保護者同伴)
※価格はすべて税込

紙チケット【前売券】1000円【当日券】1,300円
eチケット※1【前売券】950円【当日券】1,250円
団体割チケット※2【前売券】950円 ※20枚以上のご購入者に限ります。

※1 チケット購入ページにあるQRコードから購入し、スマートフォンに送られるバーコードで入場できるチケットです。
※2 チケット購入ページから申込フォームを選択して必要事項をご記入いただきお申込みください。(お申込み締め切り10月20(木))

チケット1枚で全会場に入場できます。
チケットは日別販売です。※通し券はありません

▶ 博多旧市街ライトアップウォーク2022千年煌夜

この情報は2022年10月5日(水)時点の内容です。最新の情報は公式サイトなどにて確認をお願いします。

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